■プロフィール
岩﨑 克美 
1969年生まれ、埼玉県朝霞市出身、在住。
1985年に川越東高校入学、放送部に所属。卒業後1989年に株式会社岩崎運送に入社。ドライバー職10年、管理職3年、役員6年を経て同社代表取締役社長に就任、現在に至る。同窓会へは藤崎前会長からの誘いを受けて、理事に就任。経営者として多忙の日々を送る中で合間をぬって、後進のために様々な活動に取り組んでいる。








――岩崎さんが入学された頃、川越東高校の雰囲気はどのような感じでしたか?
私が入学したのは30年前、開校して間もない2期生の時でした。同級生は300人位いましたが、1期生は100人程度で、高校全体がまだ「学生も少ない、若い学校」といった印象でした。

当時の学校の周りの風景は、不思議なくらい今と変わらず田園風景が広がっていたのですが、現在の図書館などはなく、校内の印象はだいぶ違っていたと記憶しています。施設だけではなく、当時は冷房もなく、夏になると暑さのためみんなパンツ一丁で授業をうけたりもしていました。男子校らしいと言えば、らしいのですが(笑)。

施設といえば、今も昔も食堂や購買が学生たちの憩いの場だと思いますが、現役時代の私は食欲旺盛で、どれだけ食べてもとにかくお腹がすいていました。弁当は授業の合間に早食いし、昼は購買でパンを買って食べていました。これがとにかくやたらと美味かった、青春の味ですね。

まだ開校間もない学校でしたが、1年の時にはスキー実習で蔵王に、2年の時には修学旅行で上越国際スキー場に行くなど、学内のイベントなどはしっかりあり、楽しい思い出もたくさんできました。

ただ当時は、学校自体も生徒個々人も、まだみんな浮き足立っているというか、何をやるにしても足並みが揃わない、といった雰囲気を感じていました。まだみんな、幼かったのです。

今のように、「川越東高校は優秀な学生が多い、文武両道で頑張っている」と、世間から高い評価を受けているのは、後輩たちが一生懸命頑張り歴史と文化を積み上げていってくれたからです。本当にありがたいと思っています。

――今でも思い出される先生や友達はいますか?
丹沢先生のことはよく覚えています。高校生を子ども扱いせず、一人の人間として真剣に話をしてくれました。
言葉の端々には熟慮がみられ、先生の話で「くだらない」と思うことは一度もありませんでした。他にも、元田先生も個性的でした。良く授業中に霊的な話をしては生徒を楽しませてくれましたね。

同級生では、前同窓会会長の藤崎くんとは親友として仲が良かったのですが、だからこそ、意見が食い違うと本気で衝突することもありました。体育祭のイベントなどで「こうしたほうがいい」「いやこうだ」と言い合いになりました。今ではいい思い出です。

――高校時代、部活などはされていましたか?
入学当初は違う部活に入っていましたが、個室でのんびりできそう、というささやかな理由から放送部に転部しました。

当時、メンバーが私1人だけだったのですが、2年に進級して新入部員が入ってくると、「もっと真剣にやらなければ! 部長、しっかりしてください!」と、鼻息の荒い後輩たちが臆せず意見を言ってくるようになりました。その先頭をきって苦言を呈していたのが、同窓会で同じく理事をやっている、株式会社ひびき社長の日疋くんでした。

同じ部にいた1年後輩と、30年越しに再び同窓会活動で一緒になり、意見を戦わせるようになるというのも、面白いめぐり合わせですね(笑)。

オフィスでの岩崎さん。「家族」であるスタッフとのコミュニケーションも積極的に行っている。

――卒業後はどのような進路を歩まれましたか?
高校時代から、「早く社会に出て一生懸命働きたい」という気持ちを持っていましたが、親の希望もあって大学進学のために1年浪人しました。

浪人中にバイトをしていましたが、そこでの出会いでますます仕事をしたいという気持ちが強くなった結果、大学には進まず、家業である岩崎運送に入社しました。家業といっても駆け出しですので入社して10年間ドライバーとして、土日返上で寝る間も惜しんでがむしゃらに働きました。

よく父は、「一人分の仕事で終わると楽をしているように思われる。二人分の仕事をして一人前に思われ、三人分の仕事をして良くやっていると認められる。家業を継ぐとはそういうことだ。」といっていましたが、まさにそんな働き方でした。

そういやって現場でモーレツに頑張った後、管理職、役員に昇進し、現職の代表取締役社長に就任しました。経営者としてスタッフを守る立場になった時、私がやったことは「私のような働き方をしなくて良い組織づくり」でした。

つまり、「無理のない時間働いたらきちんと余暇をとり、楽しく仕事ができる環境づくり」「社員の願いはできるだけ叶えてあげられる会社づくり」を行ったのです。

なぜなら、私にとって社員も大切な「家族」だから。家族が毎日を気持よく過ごせないなら、それはやり方を変える必要がある、そう思ったのです。

広い敷地に「Iwasaki Express」の文字が入ったトラックが整然と並んでいる

――なるほど、社員の方々との関係を大切にされているのですね。それ以外に、会社経営をされていて、大切にしている想いなどはありますか?
当社では経営理念として「RESPECT~大切に思うこと~」という言葉を掲げています。家族を、それから仲間を大切に思って欲しい、と皆に伝えています。周りの人達を大切に思う気持ちがあれば、あれこれと指示をしなくても、自主的に行動できるようになります。

例えば当社のスタッフは自主的に、自分たちや会社近隣の人が気持ちよく毎日を送れるように、会社周辺の清掃・美化活動を行っています。また、当社では最近、トラックを清掃するための機械や設備を導入しましたが、これは私が強制したものではありません。あるスタッフが偶然、ピカピカに磨いたトラックで仕事をしていた時に、客先でとても褒められたらしいという話が社内で広まり、「トラックをピカピカに磨いて仕事をしよう」という提案があがってきました。出費にはなりましたが、経営理念を理解してくれた上で、積極的に行動してくれるスタッフを頼もしく思っています。

本業以外にも地域社会への貢献活動にも力を入れています。例えばこれまで、私が副部会長を務める「一般社団法人 埼玉県トラック協会青年部」では、児童養護施設をサポートするために、様々なものを贈る活動を行ってきました。

ある時施設の方々に、どんなものを贈られるとうれしいですか? と聞いてみました。すると、「子どもたちには、みんなで楽しく食事会をする、という機会があまりない。もしそんな会が開ければ、子どもたちにとても良い影響があると思う」ということでした。目からうろこで「確かに」と思った私たちは、食事会が出来るように食事券を送ることにしました。

そうそう、活動を通じて出来た養護施設との縁ですが、最近施設を出た子が当社の入社試験を受けてくれて、無事合格、入社することになったのです!

岩崎さんの思いもつまった経営理念と安全方針は、社内外の評価も高い

――素敵な御縁ですね!
本当に、人と人の縁は重要ですよ。

私はずっと地元にいることもあり、仕事以外の縁でも、小・中・高でできた仲間たちとの縁を大切に思っています。元々、同窓会の理事になったのも、縁からでした。
ある時突然、前同窓会会長の藤崎くんから連絡があり、「同窓会で何かやりたいから案は無いか?」と聞かれたのがきっかけです。

普通のアイデアを出しても面白く無いので、同窓会主催で歌手を呼んで、武道館でコンサートを開き、そこで同窓会もしよう、と提案しました。突拍子もない意見が面白かったのか、「君のような意見が言える人間が理事に必要だ」と強く説得され参加することになったのです。

そんな縁からはじめた理事としての活動ですが、母校や後輩に対しての想いもあります。現在の川越東高校はまじめな子が多く、学問でもスポーツでも良い結果を残しており、誇らしいばかりです。
OBとして、現役生や同窓生に何かしてあげられないか、卒業したあとも「いい学校だった、楽しい学校だった」と思ってくれるような活動はできないか、と考えています。 

――今後の同窓会活動を期待しています。最後に現役生や後輩たちにメッセージはありますか?
現役生の皆さんに言いたいのは、今はとにかく部活や勉強を一生懸命やってほしいということです。高校時代に蓄えた学力や体力は、社会に出てから余すこと無く役に立ちますから。

あと、繰り返しになるかもしれませんが、学生時代の仲間は一生の友です。私自身未だに当時の仲間達と仕事やプライベートで一緒になることが多いです。そこで培った縁を大切にして、よりよい人生を歩まれてください。

最後に、そんな縁を再び強いものにして、何か面白いことをしようというのが同窓会活動。もし興味を持って頂ける方がいましたら、ぜひご参加ください!
 
若い人を見守る眼差しは、会社のスタッフに対しても、学校の後輩に対しても、あたたかいものがあった。