諸岡樹興
埼玉県日高市出身。1994年に川越東高校入学(普通科)。学生時代は、演劇放送部で活躍。通学は南古谷駅からバスを利用。土曜日は本川越駅行きのバスで、友人とお昼ご飯や遊びにいくのを楽しみにしていた。



午前8時、南古谷駅に到着。学生の朝は早いですね。眠い目をこすりながら、駅を降りて学校に急ぐ学生たちとともに、私も駅から学校行きのバス停を目指します。

私が通っていた当時は駅から出てすぐのところにバス停がありました。城北埼玉高校のバス停も同じ場所にあったので、通学ラッシュ時には駅前が男子学生であふれかえっていたのを思い出します。

ただ、現在は川越東が徒歩で10分ほど歩いたところにバス停を移動したため、この“混雑”は解消されているようです。駅から遠くなってしまったので、現役生はちょっとかわいそうな気もしますね…。帰りのバスは駅前まで届けてもらえます。

だが、捨てる神あれば、拾う神ありです!


なんと道中に「ベルク」を発見しました! 埼玉県民にはおなじみのスーパーマーケットです。当時の駅前は、いまと同じセブンイレブンがあるぐらいで正直お店は充実していませんでした…。ベルクひとつあれば、なんでも揃うじゃないですか! いまの学生がやっぱりうらやましい。これなら少しぐらいバス停が遠くなっても頑張れるはずです。ああ、朝はまだ開店してないかな?

ちなみに、駅や学校の周辺には新しい家がだいぶ増えた印象です。また、駅の逆側にはウニクス(ボーリング、映画館などのレジャー施設)も建っていました。私の学生時代はボーリングといえば「川越レーン」でしたが、いまはもうなくなっており、現役生はボーリングをするときは、このウニクスに行っているようです。当時は少しさびしい街並でしたが、このあたりも開発が進んでいるようですね。

その一方で、私が学生のころ帰りによく寄っていた、6個150円のたこ焼き屋や1000円で食べ放題(!)のお好み焼き屋は残念ながらなくなっていました。まさに学生の味方というありがたいお店だったんですが…。ほかにも、よく利用していた本屋やレンタルビデオも姿を消し、学習塾に変わっていました。時代の流れとはいえ、思い出の場所がなくなっているのはやはりさびしいものですね。


そうこうしているうちにバス停へ。バスのカラーはずっと変わりませんね。実になつかしいです。学生たちも続々と乗車していきます。私もお邪魔させていただきました。



中もあまり変わっていません。椅子に座ってみると当時の記憶がいろいろと蘇ってきました。帰りで一番早いバスはいつも混んでいて、背中合わせで2列になって乗っていたなあ。そうだ、「最大積載人数 つめこめるだけ」というステッカーも貼られていました(残念ながら今回は発見できず…)。

また、やんちゃな学生が多かったころは、乗車時は窓から鞄を投げ入れて席取りをし、窓から下車するのが当たり前だったなんて、“都市伝説”的な話を先輩から聞いたことも思い出しました。

それから、朝のバスは1本しかないので、乗り遅れると大遅刻。徒歩1時間となるため2限目からになってしまうのはバス通学ならではですね。歩いて学校に向かっていたら偶然通りかかった学校長が車に乗せてくれた、なんて噂もありましたね。逆に帰るときは無駄な時間を過ごさないといけなくなるので、バスに乗り遅れまいと猛然と学生たちがダッシュする姿は、もはや“カワトンの文化”といえるでしょう! 取材の帰り道、現役生のそんな姿を目撃して、「変わっていないなあ」となんだか安心しました。


そんな思い出にひたりながらバスにゆられること5分。学校に到着です。校門をくぐり、ぞろぞろと校舎へ入っていく学生たちとはここでお別れ。勉強がんばれよ!


私は正門で、この日一緒に取材に訪れた吉岡会長と合流しました。吉岡会長は前回の記事にあるように自転車で学校を訪れていました。息を切らしている吉岡会長を見て、「バスで良かった」と心の中で思ったのはナイショです。 


合流した私たちは“東洋一の”体育館へ向かいました。その潜入リポートの模様は次回お届けします。お楽しみに!