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■プロフィール
 1986年東京都生まれ。
 川越東高等学校に19期生として入学。在学時はサッカー部に所属。卒業後、青山学院大学国際政治経済学部に進学。大学卒業後、NPO等を経て、2012年から大和市役所(神奈川県)に入庁し、住民協働、厚木基地対策等を担当。在職中に明治大学公共政策大学院ガバナンス研究科(専門職修士課程)を修了。17年9月に退職し、渡米。クレアモント評価センター・ニューヨークの研究生として「自治体におけるSDGs(*)のローカライズ」に関する研究を行うほか、国連訓練調査研究所(UNITAR)とクレアモント大学院大学が共催する「SDGsと評価に関するリーダーシップ研修」を修了。
 2019年4月から現職(国連大学は同年9月に着任)。鎌倉市SDGs推進アドバイザー、能登SDGsラボ連携研究員のほか、ミレニアル世代を中心にSDGsの達成に向けて取り組む団体SDGs-SWYの共同代表も務める。著書に『SDGs ×自治体 実践ガイドブック 現場で活かせる知識と手法』(学芸出版社)『まちの未来を描く!自治体のSDGs』(学陽書房)。


(*)Sustainable Development Goalsの略。「エスディージーズ」と読む。2030年までに世界が達成すべきとしている持続可能な開発目標。国際社会における共通の目標として近年世界各国でその活動が活発化している。





――今回、高木さんのことを知ったのは、ひんがし倶楽部の記事を拝見したことでした。川越東で講演をされたとのことですが、どういうことがきっかけだったんですか?

 高校2年生の時の担任だった北村先生から声を掛けていただきました。以前、正智深谷高校で講演をさせて頂きまして、そのことが、正智深谷の先生から北村先生のお耳に入ったことがきっかけです。大変光栄なことに、川越東高校の2020年度版の学校紹介パンフレットでも、長幸一先生からお声がけいただき、卒業生のひとりとしてご紹介いただきました。

――なるほど、縁が縁を呼んだというような感じですね。川越東の話に戻りますが、高木さんが川越東を進学先に選んだ理由は何だったんですか。

 そうですね、私が進学先を考える上で「文武両道」というのがすごく重要な考え方でした。
 当時はどちらかというと、サッカーに重きを置いていまして、高校サッカーに思いっきり打ち込めて、かつ大学の進学も実現できる学校に進学しようと考えていました。その選択肢のひとつに川越東がありました。

――サッカーについては13歳の頃、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロに留学されていたりと、かなり本格的に取り組まれていたと伺っております。

 はい、できる限り大会レベルに挑戦しようと、Jリーグのユースチームのセレクションにも参加したりもしました。残念ながら、自分はそこまでのレベルではなくて、結果的には高校サッカーしか選択肢は残りませんでした。
 中学の時には関東大会予選や県大会ベスト16くらいまでは進んでいた学校でしたし、幼馴染が浦和レッズのユースに所属していたり、周りがの友人がみんな上手かったので、自分も影響されたというところがあります。
 高校卒業後は、フットサルに転向して25歳まで競技を続けました。全日本大学フットサル選手権に出場したり、関東フットサルリーグに所属する社会人クラブにも所属していました。自分の実力は全くなかったのですが、チームメイトが上手かったのでいつも助けてもらっていました。本当に良い思い出です。

――高校時代は主力だったんですよね。

 試合には出場していましたが、決して主力とは言えません。ただ、全国大会の常連校でもある浦和市立高校と県大会の予選リーグで対戦した際に、自分がゴールを決めて勝利したのは良い思い出ですね。
 川越東高校の先生の中では、やはりサッカー部顧問の山岸先生が印象に残っています。山岸先生は当時20代半ば、非常にサッカーも上手い先生でしたし、精神的な部分も指導していただきました。全国高校サッカー選手権の県予選が、高校3年の11月まで続いたので、受験勉強は3ヶ月程度しかできなかったですが、日頃の授業は全力で受けていました。

――川越東は人工芝のサッカー場を作るなどもしていますし、サッカーにも力を入れていますよね。

 当時はチームメイトにも恵まれていました。高校3年の11月まで残ったメンバーのほとんどが、志望する大学に進学していて、まさに文武両道でした。そういう仲間に囲まれたというのは嬉しかったです。


文武両道を掲げる川越東高等学校のサッカーグラウンド

――続いて川越東卒業以降の話を伺いたいのですが、青山学院大学国際政治経済学部に進学され、さらに明治大学公共政策大学院 ガバナンス研究科に進まれていますね。

 大学を卒業後は、NPOなどで働いた後に、神奈川県大和市役所に入庁しました。また、入庁3年目から4年目にかけて、日中は市役所で働きながら、夜間と土日で社会人大学院にも通っていました。

――NPOではどのような活動をされていたんですか?

 地球温暖化などの環境問題に取り組むNPOでした。企業でも行政でもない「サードセクター(市民による活動)」に当時から関心がありました。一方で、NPOの業務を通じて、行政とも連携する機会がありましたので、政策を策定する行政の仕事にも強い関心がありました。

――市役所でも環境問題に関連するような仕事をなされていたんですか?

 環境問題だけという訳ではなく、NPOの経験を生かし、住民協働を担当する市民活動課で住民やNPOとのパートナーシップの構築や社会課題解決の取り組みを支援する業務を2年間担当し、厚木基地対策を担当する部署に異動しました。さらに2年後には、待機児童対策などを担当するほいく課で、保育園の入所事務を担当しました。

――様々な職場で経験を積まれたんですね。2017年に渡米されて研究活動を開始したと伺っていますが、こちらが現在携わっているSDGsに繋がるわけですよね。

 そうですね、SDGsの自治体での活用についてアメリカで研究しました。その時に、国連訓練調査研究所(UNITAR)等が実施している研修プログラムに半年ほど参加していました。同時期に、1980年以降に生まれた若者であるミレニアル世代を中心にSDGsを推進する団体「SDGs-SWY」を立ち上げて活動も本格化させました。2018年の10月頃に帰国し、SDGs関連の講演などを行なっていたところ、現在のポストの公募情報が出ていることを知り、自分の能力を活かせるのではないかと応募して、採用されました。

――色々な活動からのご縁が今に至ったように思いますね。現在の活動をお聞きしたいです。執筆された本(『SDGs×自治体実践ガイドブック;現場で活かせる知識と手法』)についても読ませていただきました。
 感想を申し上げさせていただくと、かなり実践的な本であると感じました。自治体などでSDGsに取り組む際のアプローチの仕方として、改善方法や巻き込み方法などの仕組みに関する記載が印象的でした。

 ありがとうございます。「SDGsとは何か」ということを説明する書籍は多く出版されていますが、自治体でどのように使うのかといったか点については、まだ実践知が十分に共有されていません。また、自治体職員を経験した人が、SDGsを自治体の文脈に咀嚼し、具体的な適用の方法を提示していかないと、机上の空論になってしまうのではないかと感じていました。本書では、僕が自治体職員として働いた経験と、現在の研究者としての経験を総動員して執筆しています。

高木さんの著作・『SDGs×自治体実践ガイドブック;現場で活かせる知識と手法』

――本の中では様々な活動方法が紹介されておりましたが、ワークショップなどの周囲を巻き込んでいくような活動を中心になされているように感じました。

 そうですね、SDGsは政府だけが取り組めば達成できる目標ではなく、企業やNPO/NGO、そして私たちひとりひとりが協力して取り組まなければ、達成することはできません。こうした「マルチステークホルダー・パートナーシップ」と呼ばれる多様な人々の協力が、SDGsを推進する上で鍵となるので、本書ではワークショップも使って、多くの人が協力できる方法も紹介しています。

――現場に近いレベルの話へ落とし込んでいったということですね。現在でも色んな地方に行かれて、直接対話をされるようなことが多いんですか?

 はい、全国各地の自治体に足を運んで、自治体や関係者の方々のお話をお伺いしたり、講演やワークショップを行なったりしています。

――地方でのSDGs活動の浸透度合いというのは昨今高まってきているんですか? 地方ならではの難しい部分があったりするのではないかと思うのですが。

 大都市圏ではなくとも、SDGsに対する関心は徐々に高まっているように感じます。例えば、「ジャパンSDGsアワード」という日本政府による表彰で、2017年の最高位(内閣総理大臣賞)は、北海道の下川町が受賞しています。
 地方特有の難しさで言えば、都市部と比較すると、女性や若者が、疑問に思っていることを言い出しづらい雰囲気があるように感じる時もあります。そういった状況では、例えば、ワークショップを使って意見を表出させたり、課題を顕在化したりすることも、外部者である私の役割だと思っています。


――なるほど、本の内容と高木さんが行おうとしていることが繋がってきました。今後、おっしゃっていたような活動とはまた違うアプローチでSDGsの活動について考えられたりはしていますか?

 SDGsの達成に向けた国内の自治体や地域の取り組みには素晴らしいものが多くあります。しかし、英語による発信があまり行われていないことなどにより、日本の取り組みが世界に十分に伝わっていない側面もあるように思います。そこで、日本の自治体の取り組みを世界に発信し、また世界の事例から持続可能な地域づくりの示唆を得ることで、世界中の自治体の発展に貢献したいと考えています。
 また、SDGsと言うと、いわゆる「意識高い系」の取り組みと捉えられがちですが、そうではなく身の回りのことを楽しみながら改善し、その結果がSDGsになるということをSDGs-SWYの活動を通じて次世代を担う若者に伝えていきたいです。

地球全体の取り組みとして広い視点で環境循環の目標を示したSDGsのロゴ

――SDGsにあまり関心のなかった自治体へのアプローチとともに、ワールドワイドにSDGsの楽しさを広げていくという感じですかね。高木さんの活動がどんどん良い方向に広がっていきそうな気がします。
 最後にこれからの時代を生きる高校生に向けた高木さんからメッセージのようなものをいただければと思うのですが。

 僕が作った造語ですが、「未完成力」がとても大事だと思います。何かを行うときに、ある程度達成した状態までいかないと表に出さない人もいますよね。例えば、カタコトでも英語が話せるのに、これでは話せるうちに入らないと思い込んで、自分の可能性に蓋をしてしまうことは、もったいないことです。

 海外に友人を作りたいと思う人が、何かの機会に英語で話してみれば、話せなかったところは色んな人からフィードバックをもらって改善するチャンスを得られます。また、少しでも英語が話せることを知った人から新しいチャンスをもらえることもあるかもしれません。だから、未完成だったとしても、やりたいことをどんどん表に出して伝えていくことが大事だと思います。未完成であることにはとても力があるのです。

 僕もSDGs-SWYを立ち上げた時は、まさかここまで仲間が増えたり、多くの人に活動を知ってもらえるとは思っていませんでした。僕はウェブサイトも構築できないですし、仲間を募る力もありません。しかし、「こういうのをやりたい」と、色々な人に言っているうちに、仲間が増えていきました。すると「ウェブサイトを作成できます」、「ウェブのデザインができます」といった人に出会えたりして、色々な人に助けてもらい、夢がどんどん現実になっていきました。

 心に秘めたままではなかなか実現しないので、目指すものがあるのであれば自分で周囲に伝えて、自分がどういうところにいるかを示して、出来ないこととのギャップを周囲の力を借りながら埋めていけばよいのではないでしょうか。もちろん、本人が一生懸命行うことは前提として必要です。

――素晴らしいですね。以前、作曲家の伊藤賢治さん(川越東1期生卒業生でSagaシリーズ、聖剣伝説シリーズ、パズドラなどの音楽を担当)にインタビューした際も同じことを仰っていましたね。「イメージや言葉だけでも良いから周囲にこれがやりたいを伝えるべき、それを誰かが覚えていて助けてくれることがあるから」と。

そうなんですか! それは嬉しいですね。

――高校時代は、言葉選ばす言えば「好き放題やっていいよ」ということですよね。私も反省点として思ったりすることがあるので、本当に高木さんのおっしゃる通りかと思います。
高校生には「未完成力」を糧に突っ走ってもらいたいですね。
本日はお忙しい中お時間をいただき、ありがとうございました。

 こちらこそありがとうございました。


(お知らせ)
 高木さんの新刊・『まちの未来を描く! 自治体のSDGs』が学陽書房より2020年9月26日に発売されました!
 今回インタビューでお伺いしたような自治体でのSDGsの取り組みによる変化の最新事例が書かれた本とのことで、今回高木さんの活動に興味を持たれた方は前作とも合わせてぜひチェックしてみてください。

http://www.gakuyo.co.jp/book/b512549.html